「戦場で笑う」を読んで――不動産のプロとして感じた、土地と人間の切り離せない関係
こんにちは、代表の前田真教です。
先日、戦場カメラマン・横田徹さんの著書『戦場で笑う』を読み終えました。 現在も続くウクライナ侵攻の最前線へ、計7回にわたり取材を重ねた氏の体験記。そこには、私たちがニュースの断片から想像するのとは全く異なる「現代の戦争のリアル」が綴られていました。
読み進めるうちに、一人の不動産業に携わる人間として、深く考えさせられる場面が多々ありました。
1. 現代の戦場を変えた「ドローン」の存在
まず驚かされたのは、テクノロジーの進化が皮肉にも戦況を「過去」へ引き戻しているという点です。
- ドローンによる膠着状態: かつての戦争では「高地(高い場所)」を確保した側が圧倒的に有利でした。しかし、監視用ドローンの登場により、隠れる場所は消滅。結果として、令和の時代でありながら、第一次世界大戦時のような「塹壕戦」が続き、戦線が膠着しているといいます。
- 歩兵の重要性: 制空権を確保しても、最後は「陸上生物」である人間(歩兵)がその土地を占領しなければ戦争は終わらない。どれだけ兵器が進化しても、最終的には「地面」を巡る泥臭い争いに帰結する事実に、あらためて土地というものの重みを感じました。
2. 「住み慣れた土地」を離れない人間の本質
最も胸を打たれたのは、いつ砲弾が飛んでくるかわからない最前線の村で、今なお暮らし続ける老人たちの姿です。
普通に考えれば、一刻も早く安全な避難所へ移るべきでしょう。しかし彼らは、「知らない土地でゼロから生活を始める不安より、危険であっても住み慣れた土地に留まる」ことを選びます。
これは、私たちが日頃扱っている「不動産」というものが、単なる資産や物理的な建物ではないことを教えてくれます。 住まいとは、その人の記憶、歴史、そしてアイデンティティそのもの。「命の危険を冒してでも離れがたい場所がある」という人間の本質を目の当たりにし、人の暮らしを支える仕事の責任の重さを再認識しました。
3. 日常と非日常が同居する「戦時のリアル」
また、本書が描く「ギャップ」も印象的でした。
- 首都キーウでは、戦争が遠い出来事であるかのような穏やかな日常が流れていること。
- 前線に近い場所であっても、日本食より豊かなウクライナ料理に舌鼓を打つ瞬間があること。
映画で見るような悲惨一色の世界ではなく、そこには確かに「生活」が息づいています。
一方で、物語の終盤に登場する、ロシア側のプロパガンダを鵜呑みにして「ウクライナ側に非がある」と信じ込む老女のエピソードには、何とも言えないやるせなさを感じました。情報の歪みが、同じ国に住む人々の心まで分断してしまう。これは現代社会に生きる私たちにとっても、決して他人事ではありません。
おわりに
『戦場で笑う』というタイトル通り、極限状態にあっても人は笑い、食べ、そして土地に執着して生きています。
平和な日本で不動産業を営める幸せを噛みしめると同時に、お客様お一人おひとりが「住み慣れた土地」で安心して笑い合える日常を、これからも守っていきたい。そんな思いを強くした一冊でした。
皆様も、機会があればぜひ手に取ってみてください。
